南の島のティオ、という本がある。自分は知らなかったが、ミクロネシア連邦の首都ポンペイが舞台、モデルになっている池澤夏樹さん著の児童文学だ。1992年に発行され、小学館文学賞を受賞している。児童文学といっても、大人が読んでも楽しめる文体や内容で書かれていて、小学校低学年には難しい内容だ。
この作品の舞台、モデルであるポンペイ(当時の名称はポナペ)を気に入った池澤夏樹さんが何度も訪れたそうだ。そこで聞いた話などがベースになって、物語は描かれている。作品に登場するほとんどが実際にミクロネシア連邦に実在する。インタビュー記事を見ると、最初に訪れたのは1977年だと言うからミクロネシア連邦が独立する前だ!
【訊く】池澤夏樹さん「島に教えられたこと」#01|ritokei(離島経済新聞)
「南の島のティオ」はホテルを経営する父の息子、ティオを主人公とした10篇の短編集。それぞれの話で観光客や地元の人、他の島の人と関わりながら身近な生活や人の気持ちなど、近代化による問題などを通して成長していく物語だ。発展途上国ならではの話や、作品から30年経っても変わらない島国の事情が描かれていて、ミクロネシア連邦に住んでいる自分としてはすごく身近に感じた本だった。
「南の島のティオ」の舞台、ミクロネシア連邦ポンペイ(ポナペ)
作中の地図を実際のポンペイの地図を比べてみると一目瞭然。ほとんど同じなことがわかる。
ポンペイの島の形や、アンツ、チューク、カピンガマランギとの位置関係や距離、方向も同じだ。(南の島のティオ、作中から引用)
ポンペイ島の地図。ミクロネシア連邦政府観光局 -ヤップ、チューク、ポンペイ、コスラエ-より引用。
ポンペイ島の中心街、コロニアの地図。ティオたちのホテルのモデルは左上のクリフレインボーホテルやサウスパークホテル。ミクロネシア連邦政府観光局 -ヤップ、チューク、ポンペイ、コスラエ-より引用。
「南の島のティオ」のモデル
登場するもののモデルを箇条書きで紹介する。
ティオのホテル→クリフレインボーホテル、サウスパークホテル
クランポク山→ソケースロック
ランタル島→レンゲル島
行ったことないので写真なし
グラガルーギナの遺跡→ナンマドール遺跡
アンス環礁→アンツ環礁
ククルイリック島→カピンガマランギ環礁
トーラス環礁→トラック環礁(現在名称はチューク環礁)
ポンペイが舞台の”南の島のティオ”を読んでみた
今回、チュークに来た観光客の方から文庫本を頂き、読むことができた。この方は「南の島のティオ」を読んでミクロネシア連邦に遊びに来たそうだ。以前にも「南の島のティオ」が大好きだから、という理由で新婚旅行に来ていた夫婦がいた。チュークでも会えるんだからポンペイにはこの本をきっかけに訪れた人がもっといるんだろう。まるで「天国にいちばん近い島」みたいだ。
おとぎ話のような魔法のような話が多いが、ミクロネシア連邦に住んでいるとそういった話も信じられることがある。本当に自然の魔法、みたいのを感じることがあるのだ。ティオの年齢が作中で大きくなり、彼も成長している。それらの物語を読んでいると自分もここで感じたことがある自然の大きさや神秘的なこと、聞いた話などを思い出した。読み終えてみると、なんだか海に今すぐ行きたくなるような作品だった。ミクロネシア連邦に住んでいるのに、そこに行きたくなるような。
各話ごとに感想を書くが、一部ネタバレを含んでいるので注意。
第一話「絵はがき屋さん」
受け取った人は必ずそこに訪れるという絵はがきが登場する。最後に残ったティオの絵はがきは誰に使うのだろうか。せっかくならこれらの絵はがきが実際にポンペイで売っていればいいのだが、見たことがない。
第二話「草色の空への水路」
この作品は1990年代とすると、もうその頃からモーターボートが登場していたわけだ。現在ではもうほぼ全てがモーターボートで、カヌーなどを使って航海している人は普段ではいない。原始的な離島の暮らしを見ていると、なぜかモーターボートだけが機械的で違和感を感じることがある。エンジンもガソリンも高いので、彼らにとっては人生で一番高い買い物なのかもしれない。
新しい何かを造る時に、神や精霊に聞かなかったから罰を受けるみたいなのはこの辺の島々ではよく聞く。特にポンペイはそういった文化が強いのではないだろうか。ちなみにチュークでは新しいモーターボートのエンジンを買ったら1日ずっとエンジンをかけておかないと事故にあう、みたいな話があるって聞いたことがある。
第三話「空いっぱいの大きな絵」
花火みたいなものが登場するが、チュークではほとんど滅多に見ない。空を飛んだり、海を歩いたりできる魔法がある、というのは南の島では定番の伝説。
第四話「十字路に埋めた宝物」
ティオが所属する野球チームがチュークの野球チームと勝負をする。主人公だし、勝つのかなと思っていたら負けた。チュークのチームが勝ったのがなんだか自分のことのようにちょっと嬉しかった。きっと本当に昔はチュークの方が強かったのだろう。日本人も多く、野球も盛んだったと聞く。戦後、プロ野球に1人だけチューク出身の選手がいた。(相沢進 - Wikipedia)
残念ながら今ではチュークでは野球はほぼ行われておらず、試合は聞いたことがない。ポンペイではたまに野球場でプレーしているのを見る。
ティオたちが野球をした古い教会の横の原っぱというのは今は本当に野球場になっている。
第五話「昔、天をささえていた木」
離島に行くとたしかにたまに大きな流木がある。子供の遊び場になっていたりする。
第六話「地球に引っ張られた男」
作中に登場するセスナ機の航空会社はカロリンアイランドエアのことだろうか。機体が白と緑と青、と描かれているのでそうだろう。
チューク人が登場する。横柄な態度だと描かれていて、なんだかチューク人の悪いイメージだけが描かれているようでちょっと嫌だった。そして結局彼は死んでしまう。
第七話「帰りたくなかった二人」
こんな旅行客が本当にいるかはわからない。でも、短期間だけ住むから気持ちがいいのであって、永住すると感覚が変わるっていうのかな。そういうのって絶対あるよなぁと思う。バックパッカーのバイブル「深夜特急」でも好奇心がすり減る、みたいなことが描かれている。実際にしっかり住んでみると旅行とは全く違う感覚であることをこの2年間で気付いた。
第八話「ホセさんの尋ね人」
現在でもチュークからポンペイへ働きに出る人は少なくない。人口流失が大きな社会問題だ。戦時中、ポンペイにもチュークにも日本軍の基地があった。今でも戦跡は簡単に見つけることができる。
ポンペイのホームセンターにはフィリピンのペソの下の単位、センタボのお札が残っている。おそらく、軍票という占領地で発行された日本政府公認の現地通貨。ということはホセさんのように本当にフィリピンから来た人が戦時中、いたのだろうか。
ポンペイのホームセンターにある、小さな戦争博物館【ポンペイ、ミクロネシア、トラック、カロリン諸島、戦跡、零戦、ポナペ、太平洋戦争、第二次世界大戦】 - Travel Kurarin
第九話「星が透けて見える大きな身体」
神による病気、なんてのは今でもあるのだろうか。
第十話「エミリオの出発」
カピンガマランギの人が主人公の話。自分はこの話が一番好きだ。別に文明は要らない、便利なものは要らないと言う彼。いや、実際に自分にはそれは無理なんだけど、なくてもいいかという気持ちに少しさせてくれる。ちなみにここ数日間、家で水が出ないのでシャワーもトイレも使えないのだが別にいいか、とこの話を読んで思った。
カピンガマランギ出身のエミリオは海や自然のことにとても詳しく、手先も器用。これは本当のことで、ポンペイにあるカピンガマランギ村の工芸品は質が高いと有名だ。ポンペイから南の環礁から避難してきた、というのも1900年頃の実際の出来事である。
特に海に出る必要がなかったり、売っているカップ麺などを食べていれば自然に関する知識や技術は衰退していく。自分のホームステイ先なんか典型的な例だ。釣りもボートの運転もヤシに登ることもできない。
缶詰やカップ麺、コーラなどが揃い、簡単に安く手に入る。